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インタビュー

郭 智博   (かく ともひろ)

『花とアリス』でモテモテだった宮本先輩が、バツイチの会社員を演じることに隔世の感を否めない。時間は過ぎる。郭智博も大人になった。公開中の新作『心中天使』を観て、そんなことをつい思った。東京で初日を迎えた舞台挨拶の日、インタビューを敢行。大人の表情を見せつつも、変わらない透明感。何事にも構えず、自然体のままでいる彼の役者観は実にシンプルだった。役者として少しずつ足場を固めつつ監督業にも夢を抱く。そんな郭の言葉はふんわりと心地いい。


撮影/柳沼涼子   文/田中大介

プロフィール 郭 智博(かく ともひろ)


1984年9月5日生まれ、東京都出身。2001年に岩井俊二監督の映画『リリィ・シュシュのすべて』で映画デビューを果たす。同じく岩井監督による『花とアリス』では蒼井優、鈴木杏から想いを寄せられる宮本先輩役を演じ注目を浴びる。近年の主な出演作には『夜のピクニック』(06年)、『天国はまだ遠く』(08年)、『おと・な・り』(09年)、『恐怖』(10年)などがある。主演作『君の好きなうた』、『家族X(エックス)』が公開待機中。

── 初日舞台挨拶はいかがでしたか?

「凄く人が入っていたので嬉しかったです。あんまり人前で喋るのって得意じゃないんですけどね。直前にお腹が痛くなったりしますから」


── 舞台挨拶って特殊ですよね。取材や記者会見とも違いますし。

「まだ会見のほうがリラックス出来ますね。舞台挨拶だと、身体ひとつで立たされるから、あんまり得意だって人はいないかもしれませんね」


── ただ、舞台挨拶はお客さんの反応が見られる数少ない機会でもあります。

「そうですね。だけど緊張しますよ、やっぱり。なんかその、みなさんの注目が集まれば集まる程、自分は何を話していいかわからなくなっちゃって(笑)」


── 『心中天使』の話になりますが、最初にオファーが来たのはいつのことですか?

「うーん? そういうことってあまり正確に覚えてないんです。すみません。撮影したのが一昨年の夏だから……。一昨年の4月くらいですね。その段階で台本はありましたけど、役の説明とかはまったくなかったです」


── ならば現場に入ってから監督と話をして……。

「現場でもほとんど話らしい話はしなかったです。撮影もどんどん進んでいくので」


── 台本を読んだ印象はいかがでしたか?

「難しいな、というのが最初のイメージです。でもなんか、つながった映像を観て、こういうことかと思ったり。そもそもあんまりわかりやすくない映画だと思いますね」


── セリフよりは映像の積み重ねで見せていく作品ですしね。説明的でなく、イメージが連なるような……。そういう作品だと、なおさら監督とのコミュニケーションが必要な気がしますけど……。

「全く説明はなかったですね! シーン説明も全く。なんかやる前に色々説明されるよりも、全くそれがないほうがやりやすいことはあるんですよね。少なくともこの作品においては、監督からの説明がなくてよかったと思います」


── まあ、説明のつく内容ではないですからね。実際の現場で台本との違いを感じたり驚いたりしたことはありましたか?

「最初に台本を読んだ時、なんか凄く薄い水色というか、透明な感じがしたんですね。実際に出来た映像を観たあとも、そういう感覚は変わらなかったですけどね。そもそも、あんまり自分のシーン以外はあえて読み込まないようにしました。そのほうが新鮮なお芝居が出来る気がして。結果、現場ではどう撮っていたんだろうと思って、何もわからないまま自分が出ている以外のシーンを観るじゃないですか。それも楽しみですしね」


── ご自身のパート以外はあまり読み込まないというのはこの作品に限らないんですか?

「そういう場合が多いかもしれませんね」


── そんな読み方になったのは何かきっかけがあったのですか?

「例えばですけど、セリフの中で、『あっ、そうだったの?』って驚くシーンがあるとしますよね。それって、自分自身が初めて知って驚くような新鮮なリアクションが出来ていないといけない訳ですよね。そうするためには台本であまり頭に詰めこまないほうがいいのかなって。わりと単純で、理由はそれだけなんですけど」


── 舞台だとそうはいかないでしょうね。出入りがあるから。

「そうですね。でも、読む読まない以前に稽古場にずっといてほかのシーンを観ていると勝手にセリフが入ってきますから」


── ならばユウという人物の役を取り組むにあたって、考えたことは?

「それがないんです。スミマセン(笑)」


── そうなんですね。

「あんまり考え込むのは得意じゃなくて。でも思うのが、台本を読んだ時や撮影の前日にああしようこうしようと考えて、頭の中でイメージしてもやっぱり現場の空気があるからその通りにはいかないじゃないですか。そこにあるものに影響されてしまうから。もちろん相手とのかけ合いにしてもそうですし。相手の役者さんのテンションや雰囲気を無視してもダメだし。多分、事前に決めて行っちゃうと、相手と芝居のキャッチボールは出来なくなってしまう。基本的に僕は考え込んだりはしない。それがもしかしたら、あり得ないと思う人もいるかもしれないけど」


── 撮影現場の様子をお聞かせ願います。

「とにかく暑かったです。僕はマンションの一室のシーンが多くて。使われていない団地で撮影したんですよ。撮影スケジュールは朝から朝まで(笑)。真夏で暑くて、空調もなくて。僕を始め、物凄いむさ苦しい男達が集まってたんで(笑)、まさに映画を作っている雰囲気の中にいました。


── 朝から朝までというのが映画ならではのムチャですよね。

「その時は苦しいんですけど、今振り返ってみると楽しかったですね。その時は眠いし暑いんですけど、なんとか休み時間も取りながらやっていました」


── 待ち時間ではどうやって過ごすんですか?

「相手役の遠野(あすか)さんが一緒の時はよくおしゃべりしていました。宝塚時代の話を聞いたりして。ひとりの時はお菓子を食べたり、手品をして遊んだり(笑)。今回の現場はロケばかりで、控室代わりに団地のとなりの部屋で待機するんです。そこにはテレビもなかったので、待っている間は食べるかしゃべるかでした(笑)」


── 全て名古屋で撮影されたんですよね?

「はい。それまで仕事で行ったことはあったのですけど、本格的に関わったのは初めてですね」


── 仕事だから名古屋の街を堪能することもなく?

「そうですね。一度だけ夕方に撮影が終わったので、その日はあんかけパスタを食べました。でも、それくらいですかね」


── こういう地方発信で映画を作るというのはいいことですね。

「東京じゃないっていうのがいいですよね。僕、結構ロケに行くのが好きだから。地方ロケのいいところってあるんですよ。『心中天使』で言うと、名古屋まで新幹線で行くうちに役のモードになれるんです。東京だと、生活の延長みたいで切り替えるのが大変で」


── 地方ロケは精神衛生上いいですね。

「逆に言うとキツいんです。名古屋に入ってしまうとそれ(仕事)しかなくなっちゃうから、逃げ場がなくて(笑)」


── 作品の話に戻りますが、やはり難解な部分があります。それを演じる上でご苦労もあったのではないですか?

「監督の説明はほとんどなかったですけど、演出をしなかったという訳ではないですしね。ただ言えるのは、どちらかというと感じてもらう映画じゃないですか。だから、難しく考えなくていいのかと思いますね。『心中天使』は僕も言葉で説明するのが難しい作品で、あまり上手く言えないんですけど、感覚的にはわかっているつもりだし……」


── どんな作品でも、感覚を周囲と共有することは役者にとって必要なスキルなんでしょうね。感覚に任せながらする仕事って、ほかにはそうそうないでしょうし。

「まあ考えてみればそうですね。役者って色んな人になれるじゃないですか。普通人生1回なのに、仕事で色んな人生をやれるのは単純に楽しいことですね。普段出来ないことをやれるのは面白い。楽しいんですよ」


── 役者をやる上で“産みの苦しみ”みたいなものは?

「うーん。そういうのはあまりないですね。(しばし沈黙)僕の言うこと面白くないでしょう。スミマセン!」


── いえいえ、そんなことないです! 役者さんって、仕事で苦しむタイプの人もいるので、郭さんの場合はどうなのかなと思ったんです。

「深く考えると、動けなくなっちゃうし。さっきも話しましたけど、考え込んでもいいことないんですよ」


── カチンコが鳴ってから演じるよりも、舞台挨拶のほうが苦手な訳ですからね。

「もうダメですね」


── 映画の現場も相当な数の人に見られているじゃないですか

「でも、映画の場合は言うこともだいたい決まっているから!」


── 舞台挨拶で言うことを決めちゃうのはどうですか?

「そうすると忘れちゃうんです。かなり稽古しないとダメですね(笑)」


── 二宮和也さんと共演した舞台『理由なき反抗』がありますね。人前で演じることはまた違う緊張感をもたらすのでしょうか?

「あの時、稽古をたくさん続けたから本番前は早く本番をやりたいっていう気持ちになれたんですね。だからみっちり稽古すると自信をもてるのかもしれないです」


── 映画はまた違いますよね?

「そうですね。映画はサラっとしていても大丈夫ですね。舞台の稽古は凄くたくさんやりたくなるんですが、映画の場合のリハとかテストはあんまり好きじゃないんです。」


── 試写や初号を観るときはどういう気分なんですか?

「最初は自分以外のシーンを“そこ、そうなったか!”と思いながら観ています。だけど本当に客観的な気持ちで観られるようになるには、数年はかかる気がします。普段、ラッシュも見ないですしね。ポリシーというか、自然にそうなっていったんです。まあ、何回見ても自分は納得しないですから。全部、監督が決めることですから」


── 映画って、残酷なくらい監督のものなんですね。

「そうかもしれませんね」


── 郭さんから見て、一尾監督はどんな方ですか?

「信頼出来ました。凄く現場を引いて見ていた方で、なんか僕は落ち着いた気持ちになれました」


── この映画をやって凄くよかったことは何かありますか?

「抽象的なシーンが多くて、セリフの少ない映画だったんですが、雰囲気作りというか、言葉で上手く表せないですけど、そういう感覚で演じる楽しさがありました。あと、尾野(真千子)さんと共演してみたいと思っていたので、今回それが果たせてよかったです。ワンシーンだけご一緒出来たんですよ。本当はもうちょっとしっかりからみたかったですけど、またいつかご一緒したいです」


── こういう役をやりたいというのはありますか?

「気持ち悪い役を演じてみたい。人を殺してしまう役にしても、どこか異常なくらいの役をやってみたい。オタクみたいな役もやりたいですね。僕、サッカーとゲームのオタクなんです。男って、どこかオタク心って必ずもっていますよね。だからそういうキャラクターをやりたいなって思います」


── なるほど。気持ちの悪くなるような殺人鬼やオタクの役ですか。

「そうそう、どちらの役も演じてみたいですけど、僕はオタクの方々を気持ち悪いとは思ってないですからね!(笑)」


── そうですね。こちらが拡大解釈していました。

「例えばオタクの人って、凄く純粋なハートを持っているじゃないですか。それをやりたいと思う。ただのいい人の役とか、正義の味方よりも、人間らしい役をやりたいと思うからじゃないですかね。僕、『チェイサー』という映画でも、逃げる犯人役のほうに役者としては興味があるんですよね」


── 役者に限らず、やりたいことはありますか? 例えば監督業とか。

「僕は篠田昇さんという撮影監督を尊敬していて。岩井(俊二)さんと一緒にやっていた方で、亡くなってしまったんですけど。歳をとったら監督をやってみたいけど、映画のカメラマンをやりたいんです。もしかしたら、今しか撮れない画があるかもしれない。そういうチャンスがあればですけど。撮影監督や監督業には、やっぱり憧れがありますね」



作品紹介『心中天使』

監督・脚本/一尾直樹

出演/尾野真千子 郭智博 菊里ひかり 國村準 萬田久子 麻生祐未 風間トオル 今井清隆 遠野あすか ほか

ⓒ2010『心中天使』製作委員会

http://shinchutenshi.com

ある昼下がり。ピアニストのアイ(尾野真千子)の心に落ちてくる「何か」。それは青空の彼方からやってきた。全く別の場所で、会社員のユウ(郭智博)や高校生のケイ(菊里ひかり)も同じような感覚に襲われた――。以来、3人は奇妙な思いに支配され始め、殻に閉じこもるようになる。アイの両親(國村準、萬田久子)もユウの恋人の(遠野あすか)も、ケイの母(麻生祐未)も、身内の態度に不安を隠せない。みな、親しい人の変化と深刻な孤独に戸惑うばかりだった。そんなある日、謎の女性(内山理名)が現れて……。

2月19日(土)より 名古屋シネマテーク、小牧コロナシネマワールド、安城コロナシネマワールド、(引続き)豊川コロナシネマワールド、半田コロナシネマワールド ほか全国順次ロードショー!

2019年09月
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