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インタビュー

和田正人   (わだ・まさと)

連続テレビ小説『ごちそうさん』で明るくて男気のあるキャラクター・泉源太役を演じ、今注目の俳優となった和田正人。昨年は文化庁芸術祭演劇部門新人賞を受賞するなど、役者としての評価も上がる一方だ。そんな彼が、第31回読売文学賞戯曲賞、第14回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した井上ひさしの戯曲が原作のこまつ座の舞台『小林一茶』に座長として出演する。この大舞台にどう挑むのか現在の心境を聞くと、身振り手振りを交えながら真剣に答えてくれた。
撮影/中根佑子 文/今津三奈

プロフィール 和田正人(わだ・まさと)


1979年8月25日生まれ。高知県出身。俳優集団D-BOYSのメンバー。主な舞台に『駆けぬける風のように』『チョンガネ ~おいしい人生お届します~』『新・幕末純情伝』『風が強く吹いている』、テレビは連続テレビ小説『ごちそうさん』『非公認戦隊アキバレンジャー』『悪夢ちゃん』『ルーズヴェルト・ゲーム』『ゼロの真実~監察医・松本真央~』『天使のナイフ』、映画は『コドモ警察』『鴨川ホルモー』『アシンメトリー』など多数出演。平成26年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞受賞。秋には『起終点駅 ターミナル』が公開予定。

――台本を読ませて頂きましたが、なかなか大変な内容でした。和田さんも「今までの台本で圧倒的な位置に君臨している」とおっしゃっていましたが、どんな物語なのか教えて頂けますか?

「みなさんがご存知の歴史的な俳諧人・小林一茶は、俳句を詠む人、偉い先生というイメージを持っている方が多く、それ以上の深い小林一茶像というのはあまり知らないのでは、と思います。そんな一茶が、実は、今回の舞台のキャッチコピー“容疑者、その男の名は小林一茶。”とあるように、大金を盗んだ容疑で捕まっていたことがあるんです。そこで、本当に一茶が犯人なのか捜査しようと立ち上がった、同心見習い(下級の役人)の五十嵐俊介が捜査をすることになって。容疑者=小林一茶の立場になって考えなければと、一茶と繋がりがあった人々のお芝居を演じることで、彼の人となりや人間関係をひも解き、犯人が誰なのか真相をつきつめようという話です。駆け足で説明しちゃいましたけど、伝わりました?」


――はい、大変わかりやすかったです。

「今、現代人は僕も含め活字離れしている傾向が強いと思うんです。俳優やこうして取材に携わる方はお仕事柄文字や活字に触れることが多いけれど、そんな方達でもこの台本を見ると驚く。それに加えて、昭和を代表する大作家の井上ひさし先生の戯曲ともなると時代も違うので、辞書をひかなければわからならない言葉がたくさん出てきますし、加えて俳句という要素もある。 “俳句”というと、小中学校の頃にお手上げになった当時の思い出もよみがえる。でも実は凄くわかりやすく、今説明したようなことなんです。だからひとつずつ言葉を深く追って考えすぎてごらんになるよりは、目の前で起こっている出来事を受け入れ、俳優のエネルギーを感じて楽しんでいただければ嬉しいです」


――台本を読んだ時よりも、和田さんの言葉を耳で聞いたら凄くわかりやすかったです。

「ありがとうございます。僕も最初に台本を見たときは『頑張れ、僕!』と思ったんですが(笑)、この戯曲が舞台という立体的なものになると、観ている方にもスラスラと頭に入ってくると思います」


――それにしても、今までたくさんの台本を読んできましたが、これほどの内容はなかなかお目にかかれません。

「それは演出の鵜山(仁)さんもおっしゃっていました。『井上さんの戯曲の中でもベスト3に入るくらい難解なお話だ』と。ただ、あんまり難しいという印象だけだと誰も観に来なくなっちゃうのも嫌なので! 井上先生の残された素晴らしい作品を、俳優達の力でいかにみなさんにわかりやすくお届けするか…という僕らの取り組みが、このインタビューで伝われば嬉しいです(笑)。とても面白くて観やすいお芝居になりますから。説明書は難しいけど、だからこそ出来上がった舞台はとてもよくなりますからね」


――先程和田さんもおっしゃってましたが、小林一茶という名前は誰もが知っていますが、どんな人なのかは知らなくて。この取材をきっかけに調べたら、とてもユニークな方だと初めて知りました。

「僕もこのお話を頂いて改めて色々と調べてみました。そうですよね」


――今(取材時)お稽古が始まって一週間とのことですが、演じてみて小林一茶はどういう人だと思いましたか?

「まだ本読みの段階なので、小林一茶を知る手前の段階の井上ひさし先生の戯曲と向き合い、先生の世界観に慣れていっているところです。そこをひも解いていくと小林一茶も理解出来ると思っています。現段階で感じた小林一茶は、とても魅力的な人物です。欲に忠実で、とても人間味があると思いました。人間は生まれた時は泣きたい時に泣き、食べたい時に食べ、単純に欲求の赴くままに生きているのですが、親や他人からの教育で自分の欲を抑えることを憶えるんです。そうすることで人と人との関係を知り、社会に順応する。そういった協調性の中からある種、逸脱したともいえる人が例えば政治家になり、企業の社長になり、芸能界だとトップスターにと、ある意味逸脱した存在になるんだと思うんです。小林一茶がまさしくそれだなと。もちろん人の痛みとか心の痛みがわからないという事ではないはずです。自分のなりたい姿、ほしいものを天秤にかけた時に、自分の夢や理想が常に勝ってきた。そこへの執着が強い人間なんだなと思いました。やろうと思っても欲望に沿った選択肢を簡単にチョイスする事は難しいからこそ、僕はそういう人間にとても憧れと魅力を感じます。だからこそ歴史に名を残した人物なんだろうなと。一茶の俳句を詠んでみると、その人間味が現れていて。だって、自分の名前を入れた俳句があるんですよ!? 

「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」って。一茶がついてるぞ、頑張れ! だなんて。俳句に詳しい方や一茶を研究されている方は違う意見を持っていると思うんですが、僕はとってもは面白い人だなと思いました」


――俳句を詠む人はもっと真面目な人かと想像しましたが、考えてみれば色んな経験や発想、欲がないと面白い句は出て来ないかもしれませんね。

「井上先生の戯曲では“人間とは”“人間なんて”という部分がよく描かれていますが、決して立派には描いていない。人間って裏表どころではなく、とても多面体な生き物でいくつもの面がある。Aさん、Bさん、Cさんがいたら、この3人に対してそれぞれの顔がある。そういう事柄が露骨に描かれているなと思います。出て来る登場人物、特にメインの人達は人間くさくて、泥くさい。それはとてもメッセージ性も強いですし、井上先生が描きたいことだと思うんです。小林一茶という人物を通して、観に来て下さったお客さんに何か感じて頂けたら嬉しいし、僕自身はこのお芝居を通しての経験を生き様に反映したいなと思います」


――井上ひさしさんの作品に一度は携わりたかったとおっしゃっていましたが、井上ひさしさんの戯曲の魅力は、やはり人間くささの部分ですか?

「作品を観ただけでは完全ではなく、ひとつの作品に自分が取り組んで初めて考えが及ぶ部分もあったりするけれど、井上ひさしさんに限らず、大先生の書かれた書物、戯曲は、人間さらけ出しているからこそ、素直に向き合えるものだと思うんです。綺麗ごとや、壮大な物語ではなく、人間の生き様をしっかり描いた作品に向き合って、俳優として磨かれる。井上先生の作品にはそんな魅力を感じていて、だからいつか出会いたい、取り組みたいと思っていたら、幸運にも意外と早く来てしまった(笑)。40代くらいじゃないかなと思っていたんですが、色んな方々のご尽力もあって、幸運な経験をさせて頂けます。今35歳で、芸能界に入って11年目なんですが、この作品と出会えたことは何か大きな意味があり、きっとここから10年20年俳優を続けていく中で、ここからの一歩が大きな一歩になるんじゃないかと実感していて。だからこそこの機会にめいいっぱい作品作りに苦しもうと思っています。最近気づいたことですけど、今回はこまつ座第108回公演。108とは煩悩の数なんです。つまり、煩悩と向き合う。今はこの戯曲に専念せよということです。色んな欲もあるし、誘惑もあると思いますが、それを跳ね除けて井上先生、小林一茶と向きあう。これはメッセージなんじゃないかと勝手に思っています」


――本当にそうですね。ところで井上ひさしさんの作品といえば鵜山さんですが、どんなアドバイスがありましたか?

「鵜山さんはとても緻密で、僕の発想と考えでは到底追いつけない方です。言葉の意味合いがこの辺(後頭部のだいぶうしろ)にある。だからその言葉がなかなか理解出来ない。難しいというよりも、考えが色んなところに及んでいるので、僕の思う答えより、鵜山さんの考えはとてつもなく大きくて。最初に話したように、この戯曲は表面を理解するだけでも大変なのに、鵜山さんは二層も三層も更に深いことも理解していらっしゃる。だから言葉が難解なんです」


――では、言われた言葉に瞬時に反応出来ない?

「今は出来ていません。表面上で理解しようとしてもダメで、深く理解していかなければならない。言葉の裏にある意味合いを考えていく癖をつけて行かないと向きあえないし、それはただ素直に向き合っていてはダメです」


――そうなると、台本はメモだらけ?

「とにかく、言われたことをそのままメモする。で、あとから、どういうこと??? と考える。普段の僕は、イントネーションについては書きますが、ダメ出しに関しては台本に書きこまず、頭と体に入れていくタイプ。だけど、今回はそれだけでは理解が全然追いつかないし、鵜山さんの言葉の意味が瞬時に完全にはわからないから、とにかく書きなぐる。どう例えたらいいかな、鵜山さんが最新のパソコンだとしたら、僕は初期のファミコン。処理能力が全然追いつかない。でも必死にくらいついていくのみです」


――稽古場に来るのは胃が痛くなったりしますか?

「まだそこまで追い込まれていません(笑)。でも、きっとそういう日が来ると思うし、体育会系なんので、それがないと血肉にならないし」


――むしろ燃えてる。

「もちろん。覚悟は出来ています。怖さもありますが、やるしかないです」


――これまでたくさんの舞台を経験されてますが、今までの作品と大きく違うことはなんですか?

「僕はD-BOYSという俳優集団に所属していて、D-BOYSのステージで何度か主演もやらせて頂いていますが、それは普段から交流もあり、人となりを知っているメンバーと作る舞台です。今回は外の舞台で座長。今までになかったことなので、いきなり背負うものが重くなりました。こまつ座さんでやらせて頂くプレッシャーはかなり大きくて、でも自分にプレッシャーをかけたくないから気にしないようにしていましたが、佐々木蔵之介さんなど演劇人でも大成功されている方達から『今度、井上さんやるらしいな』と声をかけられることも多くなって。僕がやることはそういうことなんだ…と改めて重みを受け止めているというところです。でもビビっているという訳ではなく、使命感、この作品をきちんとやり遂げる、そして天国にいらっしゃる井上ひさし先生にちゃんと作品として観て頂けるようにしっかりと演じたいです」


――去年は平成26年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞も受賞もされました。若いころからアスリートして成績を残し賞を獲ることで実績を残して来た和田さんとしては、とても大きな賞だったと思います。前後で心掛けや気持ちは変わるものですか?

「あまり変わっていません。おっしゃる通り、元アスリートの感覚で言うと一つの目に見える証となる賞を頂けたことは嬉しいんです。でも、トップアスリートになる方というのは、そのまやかしにしっかり向き合い、それを受賞することで、“おごらない、うぬぼれない、ただ自分の足跡をひとつ残した”という事実で、取り組むことは前を見て進むことでしかないんです。自信ではなく、ここに辿りついた、という自覚が生まれただけ。だから今までとやることは同じで、自信をなくすことも凹むことも、ダメだと思うこともある。何も変わってないし、変わることはないです」


――やはり物事を極めて来た方の考えですね。

「まだまだです。俳優の仕事はどんどん次の作品に移り変わり、全てが出会いなんです。何がどう認めてもらえるきっかけになるのかはわかりませんが、ただひとつ確信とまではいかないけれど、自分に対して言えることは、この感じの生き方でいいんだなと思えました。例えば、こういう努力は実を結ぶとか、こういうことを怠るとよくないとか、そういうことを実感した。今後もこれを続けよう、これはやめようということは明確にわかりました」


――アスリートから俳優に転身されたことは有名ですが、昔から俳優業に興味があったんですか?

「全くありませんでした。俳優なんて、別世界のことだと思っていましたし。近くの会社に就職するとか、頑張って学校の先生になるんだろうな、という未来を思い浮かべていました」


――自分の生活圏の範囲内で考えるんですね。

「そうですね。だから公務員になれたら凄い! と思っていました。そんな環境だから俳優なんてもってのほか。でも東京に出てきて実際に生活をし始めると、街を歩くと、自分でもよく読んでいた雑誌のストリートスナップに声をかけられたり、芸能プロダクションの名刺を頂くこともあれば、芸能人とすれ違うこともある。あのテレビの中の世界って、東京に住んでいるとこんなにも身近なんだと感じたんです。僕が学校の先生になろうと思っていたのと同じように、東京には芸能界というものがあり、なろうと目指していく候補の一つになりえるものなんだと思ったんです。でもその時は陸上競技の選手だったので、この人生で芸能人になることは無理だけど、次の人生があるのであればやってみたいなくらいに思っていました」


――では、それまで映画やドラマは観ていなかったんですか?

「映画は観ていましたけど、ドラマはあまり見ていませんでした。スポーツばかりの毎日でしたから。でも、アスリートの体力は、30代半ばが限界なのも正直なところなんです。そこから先、それまでの人生よりも長い人生に何があるかというと、プレイヤーとしては何も出来ない。指導者かその会社でサラリーマンになるかしかありません。今後の人生どうなるのかと考えていて、青春時代を棒にふり、色んなことを犠牲にしてきて努力したのに…と思った時、将来に軽く絶望しました。人生はそうやってしぼんでいくものなの? って。膨らんでいくものじゃないの? と思った時、オリンピックで金メダルを獲ることを目標にしたのですが僕は凄く怪我が多くて。1年のうちの3カ月くらいは走っていなかった。怪我しては、復帰しての繰り返し。社会人になり実業団に入ったら更に怪我をするようになり、このペースだとオリンピックで金メダルどころか、日の丸を背負うことすら無理かなと思った時、僕の人生はこのままでいいのかなと考え始めていて。そう思っていたところに、所属していた実業団が廃部になってしまったんです。その時に、人生をやり直すならラストチャンスだと思って。当時は、その時は24歳だったから、1からどころかマイナスからのスタートだったけど、自分のやりたい生き方でいこうと思って俳優を目指しました」


――凄い転身です。

「死ぬまでプレイヤーで、ひとつの道を究めることがやりたかったのでこの道を選びました。だから、今の生き方に満足しています」


――自分でお終いと決めなければ、ランナーとして味わった絶望の気持ちとは違い、死ぬまで出来ますね。

「僕は一つひとつ階段を上っていきたい性格で、2~3段算飛ばしが出来ないんです。だからどうしても時間がかかってしまうんです。結果、芸能界に入ってからスタートラインに立つまでに10年かかりました」


――10年でもここまで来られない人が大半です。

「2~3段飛ばしが出来る人なら、4~5年目で一度花を咲かせられてるはずなんですけど、僕は10年かかりました。だからこそ、もっと大きな綺麗な花を咲かせてやろうと思ってますし、欲はつきません。そういう意味でも小林一茶という役に共感出来るんです」


――10年目で花が開いたところで出会った作品が『小林一茶』ですね。

「僕の人生はこの上のほうにいる神様に操られている感じです。めぐり合わせに意味のあることだと思えるかを大切にしているので、この一期一会の出会い、作品には意味があり、プラスになることだと思ってやっています」


――では今後も一歩ずつ着実に大きな花を咲かせていくんですね。

「形に残るものは実は意外と簡単なことで、心に残すことは難しいと思うんです。いつも舞台に立たせて頂く時、特に座長として立たせて頂く時に心がけていることは、お客さまが観終わった時のカーテンコールの僕達の姿を見て、“なんで私はあそこに並んでいないんだろう、本当にくやしい。あそこに立ちたい”と思われるような作品であり、カンパニーでいたいと思っているんです。それは面白かった、楽しかっただけではなく、心に残せているということ。『小林一茶』でもそう感じてもらえるようにしたいし、俳優としてというよりは、人間・和田正人として、座長という立場を全う出来るように頑張ります」


こまつ座 第108回公演・紀伊國屋書店提携『小林一茶』

作/井上ひさし
演出/鵜山仁
出演/和田正人 石井一孝 荘田由紀 ほか
4月6日(月)~29日(水・祝)新宿東口・紀伊國屋ホール
問い合わせ/03-3862-5941(こまつ座)
http://www.komatsuza.co.jp/

2022年01月
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