数々の舞台・映画・ドラマに出演するほか、演劇ユニット『七里ガ浜オールスターズ』の主宰も務め、俳優として着実にキャリアを積み重ねてきた瀧川英次。今から約2年前のある日、何気なく始めた迷惑メール(スパムメール)=エロメールの添削を、ソーシャル・ネットワーキング・サービスのミクシィの日記で披露したところ、物凄い数の反響が返ってきたことをきっかけに『エロメール添削・赤ペン瀧川先生』のコミュニティを立ち上げる。そう、俳優とは違う、もうひとつの顔が誕生した瞬間だ。以来、"金子家に代々伝わる埋蔵金と私を貰ってくれますか?"など、思わずオイっ! とつっこみたくなる迷惑メールを、容赦なく斬りつけるように添削しまくり、その模様をスライドショー形式でライブを行うまでに。こんなイベント、誰が来るのか? と思うだろうが、ふたを開ければ観客のほとんどが女性で埋め尽くされ、エロ健康的な笑いの渦が巻き起こる、人気ライブへと成長。そして、その模様がDVDとして発売されることになった。(第1弾『赤ペン瀧川先生のエロメール添削 迷惑メールめった斬りの巻』は11/5(木)、第2弾『赤ペン瀧川先生のエロメール添削 出会い系サイト潜入めった斬られの巻』は 12/4(金)リリース)俳優・瀧川英次と、エロメール添削家・赤ペン瀧川先生をほどよく行き来する彼に、話を聞いた。
── いい作品にも恵まれて俳優として順調な中、エロメール添削家・赤ペン瀧川先生としても活動することになったきっかけを教えてください。
あと付けにはなってしまうんですが、舞台の上で行われる俳優と、台本がない、自分とお客さんだけしかいないライブは、僕にとって真逆なことだったんですが、やってみたら意外とバランス的に気持ちがよくて、どっちともやっておきたい、持っておきたいと思ったんです。フィードバック出来ることが両方の畑にあって、俳優として固執していくよりも、ダイレクトにお客さんが楽しんでいる状況を作るという機会を持つことはわりと豊なことなんじゃないかなと実感があったんです。
── 赤ペン瀧川先生は、はじめはインターネット上のものでしたが、ライブというリアルなステージへ出て行きました。やはり、いつかはライブ! と思っていたのでしょうか?
いえ、全然考えていませんでした。ただネットでワイワイやっていればいいと思っていたので。実際にライブが出来る場所があるとも思っていなかったし、そのライブを見に来る人がいるとも思わなかったんです(笑)。だから、ライブをやることになった時も、「1回やってダメならやめよう!」というところから始めました。
── それがいきなり初回から超満員の大好評で。舞台と何が違うと感じましたか?
舞台は台本のある世界で、2時間の物語の中を泳ぎ切る心地よさもあるんですけど、ライブはそれと真逆な感じ。お客さんと一緒に盛り上がるという意味では一緒なんでけど、ライブは今起きていることを優先する神経を凄く使うんです。例えば俳優業だと、台本があって、特に舞台だと同じことを再現出来るように稽古をするんです。そして本番中、もし僕がアクシデントとしてオナラをしちやった場合、そのオナラには触れずに進むというのが、概ね暗黙の了解なんです。でもライブの場合は、そのタイミングで拾うことを優先するんです。今やるべきことを優先させる…というアンテナだけで進み、お芝居のような台本という制限のないところで、2時間、ひとり対100人とかひとり対200人というライブは新鮮で楽しかったです。
── 例えばそのオナラのことなどは、舞台をやっていてもどかしく感じていたんですか?
それはありましたね。今、確実に"セリフを噛んだ"という瞬間でも、"別に噛んでないけどね!"みたいな体で進めることを美とする演出家も中にはいて。そりゃそうですよね。演劇ってそもそもその空間にお客様が100人いて、場所は明らかに劇場なのにここは家だ! とか、ここは学生寮です! という風に観るルールがあるし、こうやって僕らが自然に話しているところにタイミングよくいい音楽が入ることはありえないけど、でも演劇はそれをよしとしていて、美しいこととしているんです。でも、ライブは客席と会場全体が材料になった上で進んでいくので、お客さんとのダイレクトなやりとりを楽しんでいく感覚。しかも台本がなくて、1秒後に何が起こるか予想できない…みたいなとこころで、舞台では味わうことがなかったスリリングさが楽しかったですね。
── こっちのほうが楽しい! という思いはありませんか?
いや、逆にどっちも楽しいんです。ライブの楽しみ方が分わかったぶん、演劇は演劇としてストイックであるべきものなんだということがハッキリわかったんです。だからこそ、ライブでは冒険しよう思うし、それぞれの楽しみ方がわかりました。逆に今は、演劇の現場でつまらないアクシデントにつっこんで、小さな笑いを取ろうとしているところを見たりすると、「どうしてしまったんだろう…、いやいや、そこでそんな安くすんなよ…」と思うようになったし、僕自身もほぼしなくなりました。するなら、凄い精度でやりたいと思うようにもなりました。
── それがさっきの両方やるバランスの気持ちよさに繋がるんですね。
そうですね。
── エロメールの斬り方を見ていると、文章読解力、妄想力に加えて言葉選びの瞬発力が凄いと感じます。それって役者の感覚とリンクするんじゃないかと思ったんです。
自分で意識したことはないですけど、そういう風に褒めて頂くことは多いです。人がイメージを持ちやすい言葉を選んで喋っているっていうのは、意識して喋ってるのか癖なのかわからないですけど、100人中80人はこう思うだろうという言葉か、ふたりしか思わない言葉のどちらかで、みんなの代弁になるか、新しい視点になるように言葉を選ぶようにしています。100人中50人しかわらからないことを言って、「んんん?」となっても微妙ですし。そういう瞬発力って、舞台で生かされているはずなんですよね。
── ライブ中は反射的に言葉が出てるんですね。常にストックとして貯めているんですか?
そうですね。ライブは特にリハーサルもしないので、それはきっとあるんだと思います。俳優業のときからずーっとやっていることで、職業病的な感じです。こういう例えなら伝わるかな? この人ならこの言葉かな? というのは、合っているかわからないけど、気にするようにはしています。多分、世の中の俳優さんは、皆さんこういうことをやっているだろうと思ってるんですけど、僕も漏れずしてやってますね。本を読んだりとか、人から聞く話も、印象の強いものは出来るだけ覚えちゃいますね。
── 普通、エロメールを読んでもここまでつっこめません。すべて拾ってますよね(笑)
一昨日くらい、今やっている芝居の稽古場の女の子と商店街を歩いていたときの話なんですが、蕎麦屋さんが閉店して看板を下げていて、その中で店長みたいなおじさんが喋ってているのが聞こえてきたんです。「表は赤くて裏は青いんだよ、だからさ~」って。しばらく通り過ぎた後に、その女の子に「そんなモノないよな?」って言ったんです。そしたら「何のことですか?」と。その子はおじさんの声をまるで聞いていなかったんですけど、僕はそういうものを、貯めるんでしょうね。いまだに何の話をしていたのかわからないですけど、でもそれを想像するだけで楽しかったりして。ストックしていくのは癖なんでしょうね。何をもっていい演技かというと、100万通りあると思うんですが、俳優さんによっては、舞台の上で起こっていること以外には目をつぶるストイックさみたいなものを持ってらっしゃると思うんですが、僕はそういう気質じゃなかったんです。出来るだけ普段から色んな音を聞くし、気になる情報もたくさんある。その感覚は物凄く人間ぽいなと思っていて、それを舞台に乗っけておくべきだろうと思っていたんです。でも、それらのやりたいことを全部やっちゃうと、演劇ってものは破たんしてしまうから、選んだ情報だけを使う仕事だと思うんですけど。赤ペンのほうはそれが全開で。明かに演劇をやってる時間のほうが長いし、俳優業 15年、赤ペン業2年ですから、明らかにキャリアの差はあるんですけど(笑)
── 赤ペン瀧川先生をやってから、お芝居の取り組み方って違いますか?
赤ペン瀧川先生がきっかけなのか、ただ僕が30代になって落ち着いたのか? というと、どちらがきっかけなのかわからないですけど、前より俳優業に対して肩肘を張らなくなりました。20代のときは俳優業を特別な仕事だという意識が多少はあったと思いますし。大人になったからなのか、赤ペンでストイックに俳優だけやらなくても楽しいと思ったからなのか…、俳優業は特殊だとは思いますけど、特別だと思わなくなりました。
── 俳優さんって自分をさらけ出すお仕事で、それが実は赤ペン瀧川先生のライブに繋がっているのではないかと思うんです。でも、エロメールを敢えてみんなの話題にしようとしたことは、かなり勇気のいることではないかと思いましたが。
そうですよね。俺も今、あらためてそう口に出して言われて、確かにそうだよなと思った! そうですよねーー(笑)。でも、仕上がりとしては、グロくもエロくもないですよね。
── ええ、むしろ爽やかです。
そうですよね。それはなんなんだろうか?
── ある意味、エロメールの話なのに、天気の話のような世間話をしている感覚になるんです。
だから、瀧川英次というより、赤ペン瀧川先生というキャラクターに喋らせることが、みんなの安心感になっている気がします。これが瀧川英次のエロメール添削となると、俺もちょっと妙にやりづらいと思う。だけど、赤ペン瀧川先生となれば出来る。演劇で言うと、そのキャラクターにしゃべらせているから、ひどいことを言っても、馬鹿なことをやっても、瀧川英次はノーダメージだし。そういう気持ちで取り組めるというのは、絶対にどこかであると思います。あと、赤ペン瀧川先生という、非常に瀧川英次と似ているけど違うキャラクターが、多分、個人的に好きなんだと思います。わりと楽しんでそのキャラクターをやっているところがあって、僕、本当に自分でも物凄く根暗だと思うし、実際に根暗ですし、その裏返しというか。先ほど、俳優は自分をさらけ出す職業…という話がありましたけど、確かにそうだと思うんです。ただ、自分に対する好奇心がある人もその中に入っていると思っていて、さらけ出すのが好きというと、ナルシストで露出狂的な印象がありますけど、僕は自分に対する好奇心とか、自分のことを知る努力は心がけていて。さらけ出すという感覚とはまた違って、「最近見つかった、瀧川さんのこういうところがあるんですけど、これ、どうですか? みなさん!!」みたいな気持ちのほうが強いんです。よく人前でやるよな…と改めて確かにそうだと思いました(笑)
── でもそのライブが大好評で、DVD発売にまでつながって。
今年の3月に『瀧川先生24』をやって、そこに僕の友人夫婦が見に来てくださっていて。ライブが終わった後に「話をしたい」と連絡を頂いて、「とりあえずお茶しよう」という話から、トントン拍子で形になったんです。今考えてみると、初めてネイキッドロフトでライブをやったときも、同じような感じで話が進んで行ったし、演劇を始めたのもそんな感じで、「とりあえず会って話をしてみよう…」という感じで始まっているんです。
── フラっと出かけて、仕事を決めて帰ってくるんですね。
そうなんです(笑)。非常にラッキーで物凄く有難いことになっているんです。ライブのDVD化の話は今年3月の話なので、半年くらいかけて少しずつ進んで形になりました。
── 今回はDVDの演出もされたと伺いましたが。
DVDの画像にSE(効果音)やイラストを入れたりしたいと提案もさせて頂きました。撮影にはカメラが4台ほど入ったので映像としても面白く出来上がっています。
── スライドショー的な見せ方は、始めから想定していましたか?
それしかやりようがないと思ったんでしょうね。もともとみうらじゅんさん、いとうせいこうさんのスライドショーが僕は大好きで。でも、あれはみうらじゅん、いとうせいこうだからやれるスライドショーだと思うんです。だから僕のライブではゲストを入れることも考えたんですが、スライドとマイクと僕だけのほうが、お客さんに観て頂くのに混乱がないのではと思って。それからは、スライドをどう見せたら面白いのか考えました。フォントは何が見やすいのかとか、どういうプレゼンがいいのか?。その時、"高橋メソッド"という会議のプレゼン形式を発見して。ライブでは、大きな画面に少ない文字情報を出す形式なんですけど、とにかく、どんどんめくってプレゼンする。そうすると、見ている人はどこが大事なのか見る画面に迷わないし、僕のほうも「次に何だっけ?」と考えなくていいんです。めくれば書いてあるので(笑)。
── ライブには共演された俳優さんもよくいらしてますよね。反応はいかがですか?
お誘いすると、「それ何?」って返ってきたりして(笑)。でも色んな方が観に来て下さって、楽しいと言って下さいます。先日、塚本高史さんと映画の現場でご一緒したんですが、"赤ペン瀧川先生"の噂を聞いたそうで、「瀧川さん、面白いライブやってるらしいじゃないですか」って話しかけてきて下さって。「どこからその情報が漏れたんですか?」って、物販で売ってる赤ペン瀧川先生のライターを渡したんです。そして、「これをいい感じの現場で置き忘れてきてください…」って(笑)。そういう草の根運動も忘れずにやってます。
── 先日行われたサエキけんぞうさんと一緒にやったライブで、瀧川先生の立場もワンランクアップした感じがしましたが。
エロメール添削ライブを気にしてたり、観て下さってる方は、ワンランク上がった空気を感じているだろうなと思ってるんですけど、全然そんなことはないんです(笑)。あれは楽しかったですけど、楽しい意味で案外大変だったんです。サエキけんぞうさんという名前は赤ペン瀧川先生の何万倍も認知度があって、その方とふたりでライブをやるって、どうなってるんだろうって皆さんが思うのもわかります。
── 今後、赤ペン瀧川先生はどうなっていくんですか?
多くの方に見て頂く可能性があるのであれば、どこにでも行きます。具体的な野望としては、来年の全国ツアーで、大きなところでライブをやりたいです。あとは、エロメール添削という、ひとりしかいない赤ペン瀧川先生というキャラクターを使って、色んな方と仕事が出来ればいいなと思ってます。それが最終的に、俳優業の瀧川英次と、エロメールの赤ペン瀧川先生が合体してしまい、芸名が瀧川先生になったとしても、それもよし。このキャラクターに演劇の発注が来ても嬉しいし、メディアを選ばずガンガン行くぜという気持ちがあります。今後はエロメールに固執せずに"なんでも添削家"と肩書きを変えていこうかなって思ってます(笑)。実は今、"ふられた仕事は全部打ち返そう、30代"と決めているんです。
── 凄い。それは30歳になった時の誓いですか?
とても尊敬している演出家の鈴木裕美さんと飲んでいたときに、「30代は仕事を断らない時期。それを続けると40代で自然と向いてる仕事だけが来るようになるから…と人から教えられてね~」という話をされたんです。その時、確かに凄くそうだな…と思ったんです。それがちょうど30歳の時だったんですよね。今 31歳なんで、残り9年かけて来たお話はスケジュール的に無理なもの以外、全部やるという気持ちです。来年は昨年の全国ツアーの恩返しツアーにも行こうと思っています。是非DVDを観て予習してライブにも来てください!