謙虚な姿勢が印象的な俳優だ。演技に対して真摯だと彼に伝えれば「いやいやいや」と、控え目な声でゆっくりと話す。ところが、自分が大好きな人だからだろうか。岡本太郎の話題になると、意気揚々と語り出す。その差が非常に面白い。舞台『おもいのまま』は、以前から観ていたという飴屋法水が演出・美術・音楽デザインを手がける。「飴屋さんの世界が楽しみ」だと繰り返す山中。その姿はとても眩しかった。
文/池上愛
── 「思いのまま」で、山中さんの演じる役柄について教えて頂けますか?
「僕はマスコミ記者の役なんですが、僕と先輩記者のふたりで事件の取材として、ある夫婦の家に訪問するんです。それがいつの間にか家の中までズカズカと入っていって。夫婦は、今までお互いが思っていることを言えずに過ごしてきたけど、僕らが現れたことによって、徐々に夫婦の皮がはがれていきます。記者ふたりは、それぞれ役割みたいなものがあって。僕は子分みたいな感じで、先輩記者を演じる音尾琢真さんが親分的存在ですね」
── あらすじを読ませて頂いたんですが、とても謎めかしいストーリーになっています。
「そうですね。僕らも記者って言ってるけれど、その真意はわからないですから」
── 舞台の企画について石田えりさんがおっしゃっていた「運命の変転」が、舞台上で見られる訳ですよね。ここで詳しく言えないのが本当にもどかしいのですが、全体の構成が斬新で挑戦的です。
「制作発表の時にキャストの方々と話していたんですが、その斬新的な構成によって、演じる僕らも話がごちゃごちゃになるんじゃないかって、少し心配しました(笑)。でも、それは稽古を重ねればなんとかなるかなと。『おもいのまま』というタイトルになっていますが、希望を見出すことが出来るのは、自分の意思がないと出来ないなあと。逆に、自分がこうしたいという思いがあれば、道が出来る。そういう意味で“思いのまま”だなと。この舞台も、希望の光が見える。僕はそこが凄く素敵だなと思いました」
── 自分がどうしたいのかって、なかなか決断出来ないことだったりします。山中さんは、自分の意見はブレないほうですか?
「僕は、よく左右されちゃいます(笑)。Aの意見とBの意見があって、Aの意見に“確かにそうだな~”と納得したかと思えば、Bの意見にも“なるほど一理ある”って。自分ってなんなんだって思うんですけど(笑)。といいつつ、意外に頑固なところもあるんです。“そうですね~”とか言いながらも、揺るがない部分はあるんですよ」
── 周りからそう言われますか?
「自分で……思ってることですかね」
── 例えばどういうことですか?
「演出をされて、そのとおりに演じてみても、納得して自分の中に落とし込まないと出来ないというか……。そのあたりが凄く不器用なんです。“ああ、そういう感じですね”ってすぐに切り替えるフットワークの軽さが、僕にはない。ほんとはフットワークが軽くなりたいんですけど……自分で読んで考えていたことに、凄く支配されている気がします」
── それだけ山中さんが、深く役と向き合っているようにも思います。
「僕は、もともと舞台を中心に活動していたんですが、今は映像の仕事が増えてきて、年に1本くらいのペースに舞台は減りました。舞台って稽古に1カ月くらいかけますけど、映像の場合はそんなことないじゃないですか。現場に行ってその場で…っていうことがたくさん。その作り方の違いで、ちょっととまどってしまう部分があるんです。僕のこうしたいという意見と監督の意見が合えば、役の作り込みは早いんですけど、そこが少しでもずれていると、そこになかなか合わせられない……。映画やドラマが多くなってきたからこそ、ひとつの役にじっくり時間をかけられる舞台って、凄く贅沢だなあと感じるようになりました」
── 逆に、映像での魅力はどんなところにあると思いますか?
「演者の方が、自分が想像していなかったアプローチをしてくるところ。台本を読んで、相手は多分こういう感じで来るだろうなって思っていたのに、全く違った動きをしたり。その新鮮さが魅力ですね。本番で生まれる新鮮味は舞台では味わえないなと。前に『松ヶ根乱射事件』という映画に出させて頂いた時、凄くドキドキした経験がありました。双子の弟と兄弟喧嘩をするシーンがあって。結構な長回しのシーンで、カットがかかったあと、弟役の新井浩文さんと“なんかよかったね~”って話していて。山下敦弘監督も“凄くよかった”と言って下さって。ところが、喧嘩しても落っこちないようにと、枕にテープを貼っていたんですが、そのテープが本番中に見えちゃったんですよ。それでもう1回撮り直したんですけど……前に撮ったやつのほうがよかったんですよね。そしたら、完成した作品はテープが見えているほうでした。監督はテープが見えていても、そっちを使ってくれた。なんでこっちのほうがよかったのかは……、言葉に出来ないんですけど。新井さんも監督もそう思っていたってことに、凄くドキドキしました。これは舞台のように何度も稽古して出来るものではない気がして。凄く鮮明に覚えています」
── ところで、先程この舞台には“希望が見える”とおっしゃいましたが、山中さんの演じる役にも希望はあるんですか?
「あると思います。結末を言うとネタバレになってしまうのですが、僕の起こす行動が希望に繋がるのかなと…。その行動を起こすきっかけになったものは、本当に些細なことなんですけど、こうも運命は変わってしまうのか! という感じになっています(笑)。例えば、会社の帰り道。いつも歩く道は右だけど、それを左の道で帰って見る行動って、そんなたいした違いじゃないじゃないですか。でもそこで、何か大きく変わることがあるかもしれない。僕が日々生きている中でも、そういう選択って多々あると思うんですよね。まだ寝よう、いや今日は早く起きて何かしようとか。どちらが正解、不正解ではないんだけど、それが大きく物事を左右するのかもしれない。そう考えると、選択の毎日なのかもしれません」
── もしああしてたら…という経験はありますか?
「僕は役者になるきっかけは高校の文化祭なんですけど」
── どんな役を演じられたんですか?
「妖怪キジムナーFです」
── Fってことは…。
「AからHまでいたと思います(笑)。でもこの演劇がなかったら、僕は役者になっていないかな~って思うんですよ」
── ところでキジムナーってなんですか?
「沖縄の樹木に住んでいるとされる妖怪です。確か戦争反対をテーマにした内容でしたね。妖怪達が戦争から沖縄を守るぞ! っていう話……だったと思うんですけど、詳しくは憶えていません(笑)」
── 役者を志すきっかけの作品なのに(笑)。
「“待て待て、雪が降ってからのほうがよい”っていうセリフは憶えてます(笑)。僕、小学生の時からずっと剣道をやってきたんですよ。だから声を出せって言われたら、結構出せたんですね。で、舞台って体育館じゃないですか。高校の学園祭って、演技の上手い下手っていうよりも、どれだけ声が後ろまで届くかが大事だったりすると思うんですよ。それで、周りから褒められまして。それで調子乗っちゃったんですね(笑)」
── もうひとつのエピソードも聞いたことがあります。その時の文化祭で、友達がバンドをやってチヤホヤされていたのを見て、俺もなにかやりたいと思ったとか。
「そうです。それも凄く影響されたと思います」
── バンドやる方向にはいかなかったんですね。
「僕、楽器出来そうにないんで(笑)。それと、本番前日に、裏方は準備したり、役者は稽古したりっていう風景を、遠くから眺めていたのを凄く憶えているんですが。みんなでひとつを作るっていう行為が、凄く面白いなと思ったんですよ」
── そのふたつのエピソードを聞いて、凄くピュアな気持ちにさせられました。
「ありがとうございます。最近は腹黒いって言われるんですけど(笑)。自分では、ピュアだって思い続けています(笑)」
── 過去のインタビューをいくつか拝見したのですが、“どんな色にも染まることの出来る役者”というような記述が多かったんですよ。そういう部分は、きっと心が澄んでいるからなのでは? と思ったんですけれど(笑)。
「いやいやいや(笑)。もう本当に飴屋法水さんが、どのような世界観を作って下さるのか。それについて行くだけです。本当に想像がつかないですし、ドキドキしています」
── 飴屋さんの作品は何かご覧になったことはありますか?
「そうですね。以前から拝見させて頂いて、いつかご一緒出来たらいいなとは思っていました。最近見たのは、昨年のフェスティバルトーキョーで公演された『わたしのすがた』です。“不動産”をテーマにしたもので、戯曲も舞台も俳優もいない公演。観客は、まず地図を渡されて、その地図を頼りに建物を見て回るんですけど。そこの世界に自分が入りこんだ気がするというか…。建物を見ていると、あの部屋のドアに誰かいるんじゃないかっていう恐怖を覚えたりしたんです。俳優は誰ひとりいないんだけど、セットで見せるというところが、異様で怖かったですね。演劇の新しい発見をしました」
── 共演する佐野史朗さん、石田えりさん、音尾琢真さんについてはいかがでしょうか?
「4人という少人数なので、より濃密な時間が過ごせるので嬉しいですね。演技スタイルがみなさん違うと思うので、そういう姿をしっかり見て色んな部分を吸収していきたいと思います」
── そういえば、今年のご自身のスローガンは「跳」だとか。
「うさぎ年なので(笑)。ピョンってステップアップ出来ればいいなと思います」
── 「ピョン」は大きな飛躍ですか? 小さな飛躍ですか?
「“あっ! 一段登ってた!”みたいに、あとで気付く小さな感じです。ビョーンじゃなくて、ピョンピョンですね」
── この舞台が「ピョン」の場になるといいですね。
「ですね(笑)。自分が提示出来るものは提示したいと思ってますが、飴屋さんが作る世界観に染まりたくもあります。その世界観の中で、自分をどう出していけるか。それを楽しみにしたいです」
演出・美術・音楽デザイン/飴屋法水
脚本/中島新
出演/石田えり 音尾琢真(TEAM NACS) 山中崇 / 佐野史郎
とある高級住宅街の一軒家に暮らす夫婦のもとに、ある日、ふたりの訪問者が訪れる。その男性二人組は、彼らは、最近この町で起こっているある事件を取材している雑誌記者だと言う。夫婦は面倒と思いつつも、その記者達が犯罪事件のスクープを数多く挙げる有名記者だったため仕方なく取材を受ける。しかし、記者達はなぜか夫婦について質問を繰り返し、いつの間にか家に上がり込んでは室内を物色し始めるのであった。そして質問は更に夫婦のプライベートへと踏み込み、ふたりが互いに潜めていた「秘密」にまで迫ろうとする。果たして記者達の意図とはなんなのか? 夫婦は、この災難から抜けだすことが出来るのか? 4人が「真実」に近づいた刹那、物語は予想を超えた「可能性」に向かって走り出す……。
東京公演 2011年6月30日(木)~7月13日(水)
会場/あうるすぽっと (豊島区立舞台芸術交流センター) 〒170-0013 東京都豊島区東池袋4-5-2 ライズアリーナビル2F Tel:03-5391-0751
お問い合わせ/オフィス・REN Tel:03-5829-8031(平日12時~18時)
主催/あうるすぽっと(財団法人としま未来文化財団)・豊島区
地方公演:2011年7月15日(金)~8月10日(水)
詳しくはhttp://www.omoinomama.info/scheduleよりご確認下さい。