「馴染みの街に久々に遊びに来た…という設定で撮影させて下さい」と伝えると、「そういう設定なんですね。わかりました!」とニヤリと微笑み撮影がスタート。最近は一眼レフカメラに夢中で、専ら撮る側に興味があるようだが、撮られるのも実に上手くシャッターを切るごとに少しずつ変化をつけていく。そんな桐山漣が『吉祥寺の朝日奈くん』に主演。役者人生初のヘタレ男役に挑んだ。この作品とどのように向き合い、朝日奈くんをどう演じたのだろうか。話を訊いた。
撮影/柳沼涼子 文/今津三奈
――『吉祥寺の朝日奈くん』に出演することになったきっかけを教えて下さい。
「プロデューサーさんから、主人公の朝日奈くん役を是非ということでお話を頂きました」
――桐山さん主演でお願いしますということだったんですね。最初の作品の印象を教えて下さい。
「『吉祥寺の~』というタイトルで、これは吉祥寺で撮るんだろうなと思いました。実は、以前吉祥寺からバスで20分くらいのところに住んでいたことがあって、仕事が早く終わった時はよく遊びに行っていたし、バスやチャリで行ったこともある馴染みのある街なので、あの街の雰囲気の物語なんだろうなと想像がついたし、自分の好きな街なので興味がありました」
――原作は読まれましたか?
「はい、台本よりも先に読みました。朝日奈くんと真野さん(星野真里)の関係って、自分的にはあまりスッキリはしないなぁとは思ったんですけど、こういう形もあるんだろうなと。そもそも人妻に恋をするというのが、僕の経験の中にはなかったので、自分だったらどうなんだろうと色々考えました」
――そういった未体験の役どころに近づくために、どんなことをしましたか。
「朝日奈くん自体が自分とは全然違う役柄で、いわゆる草食系と呼ばれるタイプなんです。そして、地に足のついていない感じもあるし、情けないタイプ。多分、憎まれることはなく、愛されるキャラクターだと思ったんです。でも役を作るのに苦労したという訳ではなく、自分の手を伸ばしてギリギリ届くぐらいの遠いところにあるスイッチを切り替えて、そこから何かを取り出していくような感じで役を作っていきました。手の届く範囲にあるスイッチだったので、ガラっと変えることが出来たし、仕草などの部分で朝日奈くんらしさを出せるようにしました。以前『ホンボシ~心理特捜事件簿』という心理学が題材になったドラマをやっていたんですけど、人が不安に思っていたり、そういう心境にある時は、首元や胸元に手をやるんです。それは心理学的に解明されていて、なだめ行動という人間の心理の動作なんですが、それを朝日奈くんに使おうと思いまして。肩から斜め掛けにしたカバンの持ち手を胸の位置で触っているようにしたり、そういう細かいところに気をつけて演じるようにしました。だから、人妻に恋したことがないから、人妻に恋してみるとかではなく(笑)、朝日奈くんになった時の気持ちを大切にしました」
――今インタビューさせて頂いている桐山さんと、作品の中の朝日奈くんの顔は全然違いますね。改めて朝日奈くんは役の顔なんだなと感じます。ほかにはどんなことを取り入れましたか?
「歩き方ですね。普通に自分が歩く歩き方ではなく、見て頂いた通りなんですけど、どっしりと歩く訳じゃなく、地に足がついていないというか、ふわふわしているというか…。人それぞれ歩き方って個性がありますよね。世の中の人を観察してみると、歩き方って人それぞれなんです。役を演じる時は役の歩き方を意識するので、朝日奈くんの歩き方は、どこか頼りない感じでてくてく歩くというか…。言葉だと説明しづらいんですが、朝日奈くんらしさを追求したらあんな風になりました」
――形態的なところを随分と研究されるんですね。作品に入るまでにアプローチの仕方が色々とあると思いますが、そのほかにはどんな準備をしましたか?
「朝日奈くんは献血が好きなんですが、僕は献血に行ったことがなかったので初めて行ってみました。でも、それがあの3月11日の地震の日(東日本大震災)だったんです。受付をしている最中だったんですが、その時に地震が起きて献血どころじゃなくなって。その2日後から撮影だったので、結局献血は体験出来なかったんですけど」
――この作品は確かに“血”がひとつのキーワードになっているように感じました。朝日奈くんのセリフの中に「自分は役に立たない人間だから、献血をすることで人助けをしたい」とか、真野の娘を見て「真野さんの血が半分流れているんですね」など“血”に関する表現が印象に残りました。
「昔にひと目ぼれした真野さん、そしてその子供とテツオ(要潤)という家族がいて。テツオは元々自分の先輩ですが、真野さんは朝日奈くんがテツオの後輩だと知らない。でも3人は家族でその中に自分が入り込んでいる…。朝日奈くんにとって不思議な関係ですよね。この娘はふたりから生まれた子なんだなと考えたりすると、“血”を意識するのかもしれない。人妻に恋をした時って、その子供を見た時に感じることは一緒なんだろうなと思いました」
――山田真野さんに惹かれる過程から、だんだん親しくなっていく距離感まで、凄くいい雰囲気のお芝居でしたが、星野さんとのお芝居をしてみていかがでしたか?
「星野さんは女優の鏡みたいな方でした。星野さんは真野さんワールドに朝日奈くんを引っ張ってくれて。凛としているんだけども、どこかでどっしりとしっかりした部分もあって、素敵な先輩だなと思いました」
――では星野さんが作って下さる空気に身を任せたのでしょうか。
「そうですね。星野さんはそういう空気感を持っている方なので、一緒に演じていて楽しかったです」
――お芝居をする上で監督と話し合ったりしましたか?
「星野さんとも少し話ましたが、それよりもそれぞれが監督と話していたことのほうが多かったかな。全て吉祥寺ロケですから、歩いて移動しながら撮影することが多くて。その間に『次のシーンはどんな感じに?』とか、『僕はこう思っているんだけど』と伝えると、『じゃあそれで見せて…』なんて風に」
――桐山さんの意見を監督にどんどん提案して、それを元に作っていかれたんですね。
「そうですね。先程話した手の動きのことも自分からの提案でしたし。ただ全てが解決したあとは、もう不安など全てを取っ払っている状態だから、それ以降は監督と話したりはしていません。そういうところまで監督とは話しました。色々とディスカッションしながらやるのが好きなので、いい時間を過ごさせて頂いたなと思います」
――この作品は震災直後に撮影がスタートしましたね。3月13日にインすることは予め決まっていたことだと思いますが、何か作品を作る上で変わったことはありましたか?
「まさか予定通り撮影すると思わなくて(笑)。話が流れるかもしれないし、流れなくても時間を置いてから撮影するだろうと。だから最初は“こんな時に撮るのか…”と思ったたんですけど、でも、監督がインの時に大事な事を仰って。『今、こういう時だからこそ、のちのち世の中を明るくしていけることは我々のような作り手です。我々が頑張っていかなきゃ。だから撮影はやります』と。確かに当時のニュースは全て震災の話題で、つらい内容ばかりでした。余震もずっとあったし、交通機関が通常通り運行していなかったので、僕自身もロケ地近くのホテルに缶詰めで。窓のない部屋で結構窮屈な思いをしたんですけど、でも、のちに震災に遭った人達の光になるんだったら、自分がやるべきことはこの作品をとにかく全力で演じきることだと思ったんです。それからはどっしりと身が入るようになりました」
――完成した作品をご覧になっていかがでしたか?
「今までに観たことのない、観た人が『これ、本当にあの仮面ライダーだった人?』って思ってもらえる作品になったと思いました」
――まさにそうだと思います。
「女性に対してチャラチャラして、女性に甘い役をやるイメージが強いと思うので、そういった方々をいい意味でお芝居で裏切ることが出来た作品になったと思います」
――自分の成長、新たな面を認識出来た作品でもあるのでは?
「そうですね。僕のことを作品的に知ってもらったのは多くの方が『ライダー』だと思うんです。でもその前に出演した作品も含めて、今まで一つひとつの役を大事に拘って演じてきました。その中でも朝日奈くんというのは、ダサい、かっこ悪いという今までにない役だったので、これをちゃんと演じ切れば、自分の理想の役者像に近づけると思いました。ひとつのイメージに固まらない、桐山漣というイメージに左右されない役を出来ることが自分の理想の役者象なので、それを伝えられるいい説得材料のひとつになったと思います」
――今年は『RUN60』『君へ。』と主演映画や人気ドラマの出演もあり、色んな役に挑戦されました。そういう意味でも自信のついた1年になったのではないでしょうか。
「そうですね。でも、自分は“この作品だけ”と選ぶのは好きじゃなくて、ひとつの役を丁寧に描きたいタイプなんです。ひとつの役をやる時に、常日頃からその役のことを考えて、私生活の中でも“朝日奈くんだったら、どうやるんだろう?”とか、“難波先輩はこういうことをやりそうだな”とか、そういった日常に転がっていることを役に入れたいと思っているし、わりとその作業が好きなんですが、自分的には役者を始めたころからその作業のスタンスは変わらないんです。だから、気持的な部分は相変わらずのままやっている感じですが、やっぱり、この1年だと『花ざかりの君たちへ~イケメン★パラダイス~2011』で難波先輩をやって以来、電車や歩いていてより気づかれるようになりました」
――普段の生活からお芝居を取り入れてるとおっしゃいましたが、四六時中芝居のことばかり考えて生活しているんでしょうか。
「作品に入っている時だけです。作品から離れると、ボケーっとしてます(笑)オンとオフの区別をしています」
――撮影期間中はずっと役に入りっぱなしなのか、1日の中で現場に出入りする度に切り替わるのでしょうか。
「現場を出た瞬間は自分ですけど、頭の片隅にはあります。だから、何かネタが転がっていれば、“あ、あれは難波先輩っぽい”とか思うし、そういうことは考えてます。アンテナ張っている感じです」
――今後の活動はどんな風に考えてますか?
「結構まわりからマイペースとか言われるんですけど(笑)、元々持ってるスタンスを大事にして、人間として自分らしくいたいなと思っています。まだ自分のことを知らない人がいっぱいいると思うので、もっと色んな人に知ってもらえる作品に出て行きたいし、そこで自分の持ち味を見せたい。色んな人に見てもらい、知ってもらう機会がほしいです。あと、役的には凄く狂気な悪役もやってみたいかな…」
――イケメン役は飽きましたか(笑)?
「(笑)。凄く天才的な犯罪者、知能犯とか、朝日奈くん以上にヘタレな、そしてコミカルな役もやりたいです。『猟奇的な彼女』の彼・キョヌのような、グーでパンチされて、痛がったりするような役も挑戦したい。あとは役者だけに限らず、プラスアルファの部分がほしいです。先日ロンドンに行って思ったんですが、古着やアンティーク好きに拍車がかかり、古着やアンティークに携わる仕事もビジョンに入れておきたいなと思って。以前は思うだけだったんだけど、それが具体的になりました。何年後が何十年後になるかわからないけど、一度きりの人生だから、自分でやりたいと思うことを大切に、色んなことを視野に入れてこれからやって行きたいと思っています」
監督/加藤章一
原作/中田永一(祥伝社刊)
主題歌/斉藤和義「空に星が綺麗~悲しい吉祥寺~」
出演/桐山漣 星野真理 要潤 柄本佑 田村愛 水橋研二 村杉蝉之介 徳井優
配給/アステア+スローラーナー
上映時間/91分
役者の夢も破れ、バイトをしながら特に大きな目的も持たずに暮らす朝日奈くん(桐山漣)は、吉祥寺に住んでいる。そんな朝日奈くんの前に、山田真野(星野真理)が現れ、ひと目ぼれ。携帯の連絡先を交換する。しかし彼女は人妻でひとりの子持ち。どうしたらいいのか迷いながらも、メール交換をする度にどんどん好きになっていく。果たしてこの恋の行方は…。
11月19日(土)より吉祥寺パウスシアター、ユーロスペース ほか全国順次ロードショー
公式HP:http://kichijojiasahina.jp
©2011 Eiichi Nakata /『吉祥寺の朝日奈くん』製作委員会