プラスアクト

インタビュー

太田莉菜   (おおたりな)

太田莉菜は絵になる人だ。事務所で行なわれたこの日の取材。ラフなスタイルで、軽妙に受け答えする彼女の仕草一つひとつが、気品でどこか脆い、不思議な空気をまとっている。楽曲『サクリファイス』を聴いての印象も同じだ。ポップチューンな音色の中に、どこか切なげな太田の声が不思議な世界観を作りあげている。

文/池上愛

プロフィール 太田莉菜(おおたりな)


1988年1月11日生まれ、千葉県出身。01年、雑誌の読者モデルのオーディションでグランプリを獲得後、様々なファッション誌のモデルに携わる。モデルだけに留まらず、CMや映画でも活躍。『69 sixty nine』『ユモレスク~逆さまの蝶~』といった映画に出演。音楽の活動としては、細野晴臣の『PUZZLE-RIDDLE』、テイトウワの『A.O.R』などにボーカルとして参加。

――『サクリファイス』のボーカルを務めることになった経緯を教えて下さい。

「詳しくはわからないです(笑)。ただ、曲を作るにあたって、とりあえず会いたいと。私に会わないと、渋谷さんも判断は出来ないでしょうし、話が進まないということで。過去にも何度かボーカルとして楽曲制作に携わらせていただきましたが、歌手だと思ったことはないし、あくまでも私の声は素材の一部。プロの音楽家が、私の声を素材として使いたいということで、コラボレーションして来ました。今回もそういう形であれば是非お願いします、ということで話を進めていきました」


――それはいつ頃の話ですか?

「レコード会社の方とお話しさせて頂いたのが、3月11日。地震があったので凄く憶えています。震災の影響もあって、一度話がストップしてしまい、しばらく間が空いたんですよ。そのまま自然消滅なのかなぁと思っていた9月頃、“音合わせ進めましょう”と、具体的に作業が進んでいって、そこからあっというまに出来上がった感じですね」


――渋谷さんとは、以前から面識はありましたか?

「渋谷さんの奥さんであるmariaさんとは、mariaさんの生前に仲良くさせて頂いていて。ちょうどおふたりがご結婚された時が、渋谷さんが『ATAK』というレーベルを立ち上げた頃でした。それで、mariaさんがCDを持って来てくれて“今度レーベルで出す曲だから是非聴いてほしい”と進めて頂いたことがあります。だから渋谷さんのことはmariaさん経由で知っていました」


――渋谷さんと直接お会いして、まずどんなことを話されたのですか?

「“プロのミュージシャンが欲しかったら、最初からプロに話してるんだから、歌が上手い必要はない”と言われました。この曲はエレクトロニックになることは決まっていて、声も加工することが前提でしたので。曲自体は物凄く作り込まれたものになるんだけど、そこに人間的な感情を入れたい。人が歌っているからこそ、機械には出せないものがほしいと。渋谷さんは私と直接会って、私の感情的なもやもやした部分を感じたようで、それを歌に出してほしいとおっしゃいました。それを聴いて、“ああ、気負う必要はないんだな。自分で出来ることはやればいいんだ”と、求められていることがはっきりしていたので、歌いやすかったですね」


――これまで、細野晴臣さんやテイ・トウワさん等とコラボレーションされていますが、その方々も、「歌手」としてではなく「声の素材」という立ち位置だったのですか?

「そうですね。“あなたがプロじゃないのも知ってるし、そこを求めている訳じゃない”と。それを言われると、なんだか自分が恥ずかしくて(笑)。そう言われる度に“私、もしかして意識しすぎてる?”と思っちゃって(笑)。偶然にも高校の親友で歌手を目指している子や、歌で留学している子などがいたので、ただ芸能界という表にいるから出来ちゃった、みたいなものが凄く恥ずかしいなぁと思っていたんです。でもよくよく考えると、プロから声をかけて頂いている立場なのに、作り手側に対して、そういう“恥ずかしい“という気持ちは失礼だなと思うようになりました。だから全てにおいて、私はあくまでもコラボレーションの立場。作り手の人なしでは成立しない音楽なんです」


――CDでの声は加工されていますが、レコーディング時に、声の出し方や歌い方の指示はどんなものがありましたか?

「“この部分は聞こえづらいから強弱を付けて”とか“このセンテンスはこう言って”などを話しましたが、渋谷さんが求めていた感情的な部分に関しては、あまり話していないかもしれないです。渋谷さんは、技術を求めていないとおっしゃっていましたし、歌に慣れてしまわないでほしいともおっしゃいました。だからどこまで練習すればいいのかと話していましたね。余りに練習するとフレッシュさがなくなるし、かといって練習しないと限られたレコーディング時間で録れないし。だから、ある程度リズムの取りかた、タイミングみたいな基本的なことは吸収した上で、レコーディング当日は、素の状態で臨みました。その時にどんな感情だったかっていうのは……正直記憶がないんです(笑)。最初、ピアノソロバージョンの『サクリファイス』を聴いた時、私は“海”とか“青”とか“ごつごつした岩”というイメージが浮かんで、それを渋谷さんに話したら“そうそう、そんな感じ”とおっしゃっていました。だから、歌う時は自分が抱いたイメージを入れて、自分の持ってるものを出しきるっていう感じでした」


――『サクリファイス』の歌詞は、菊地成孔と渋谷さんの共作ですね。歌詞に関しては、どういう感想を持たれましたか?

「曲は明るいんだけど、歌詞の内容は切なかったりしますよね。渋谷さんは“具体的なイメージがあるのではなく、聴いた人の状況によって当てはめてほしい”とおっしゃっていました。人によっては恋の歌にも聴こえるし、今の世の中のことを歌っているようでもあるし」


――曲を聴いての感想は?

「こんなのが世に出たら、私は人前で本当の歌声が出せなくなると思いました(笑)。声を加工されているから、全然違うんですよ。でも、凄く作り込まれたものの中に、人間しか出来ない息継ぎ、言葉の端々にでるゆらぎ……そういった細かな部分が端々と出ていました。こんな風に曲って出来上がるんだなという大きな感動がありましたね。自分の容姿や見た目って、直接的な変化が見えるけど、自分の声が人の手によって色んなイメージに変わっていくっていうのが、凄く新鮮でした」


――渋谷さんと今回ご一緒して、どう感じましたか。

「音楽の作り方って人によって様々だと思うんですけど、渋谷さんの場合はわりと構築的にやっている印象を受けました。今回は加工を凄くするので、音を変えるだけで聞こえ方が変わってくるんです。自分の声なんだけど、自分の声ではないというか。私は素材ではあるけれど、もちろん人前に出しても恥ずかしくないものにしなくちゃいけない。このCDには、私の声が入っているエレクトロニックな曲と一緒に、ピアノソロバージョンも入っています。凄く加工的な音楽と、生々しい楽曲のふたつが収録されてるって、なんか凄く面白い。自分の立場としては、少しドキっとしたんですけど、これはある意味、歌い手が私だから出来るのかなとも思いました。凄く実験的な試みですよね。エレクトロな楽曲とピアノソロの両方を聴くと、どちらにも同じ空気、気配を感じます。ピアノソロには、弾いている渋谷さんのモヤモヤな部分が現れていると思うし、そういう雰囲気がどちらの曲にも出ていました。こういう形で曲を出せたのは、凄くいい経験です」


――太田さんの過去のインタビューを拝見させて頂いたんですが、「今度歌を出すとしたら、それは自分が歌いたい時だと思う」と答えられていました。今がその時期だったということですか?

「過去のインタビューって恥ずかしいですね(笑)。私、言ってることがその都度変わるんです(笑)。まあ、それがその時の本音だからいいんですけど。モデルを始めるようになってから感じるようになったのは、自分の身体を使って表現したいということ。だから今回みたいに、音楽で表現する機会があったから歌も挑戦してるけど…その部分を見て、自分のやっていることが統一されてないなぁって思われたくないという気持ちがあったんですね。なんでもやっちゃう中途半端な人には見られたくないというか。でも今は、もっと素直に捉えられるようになった気がします。また歌いたくなれば……というよりも、またこうして声をかけて下さる方がいて、お互いのイメージが合致すれば、またやりたいと思う。私という存在、素材に興味があって声をかけて下さる訳だから、それは純粋に凄く嬉しいです。今までやって来たことが実を結んで、新たな出会いが生まれたんだから、やらないよりも、やって新しい発見をしたほうがいいなって。それがこの仕事の醍醐味だと思います」


――身体を使って表現する中で、今特にやりたいことってありますか?

「今は演技です。自分の表現の可能性をもっと広げたいし、もっと覗いてみたい。これまでに何度かお芝居をやらせて頂きましたが、“やだ!”“もう無理!”って思うことがあったけど、やっぱり演技がしたいなという気持ちが強かった。演技をすることが、私の生活に凄く密接になっていて。自分の想像力みたいなものが、演技と凄く繋がっている気がするんです」


――そういう気持ちは、いつ頃から?

「仕事をお休みしていた時期ですね。今までは凄く整った環境で、ほんとに何も悩むことなく仕事が出来て凄く幸せでした。だけど、自分は何をしたいんだろう? 自分は本当に求められているのかな? と考えるようになって、自分に自信が持てなくなっていたんです。仕事を休んだとしても、ほんとにやりたいことだったら絶対辞めないと思っていたし。実際に休んでみて色々考えるうちに、私ってやっぱり仕事が好きだなって思えたんです。自分の身体を使って表現したい! という思いが凄く強くなりました」


――じゃあ、これから演技の太田さんがたくさん見れるんですね。次にお会いする時は、是非本誌で。

「そうなるといいですね。ちゃんと丁寧に歩みを進めていきたいなと思います」


渋谷慶一郎 feat.太田莉菜『サクリファイス』

発売中 価格/1200円(税抜)

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