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インタビュー

河原雅彦   (かわはら・まさひこ)

若手俳優を集めた舞台公演が盛んな昨今だが、『阿呆の鼻毛で蜻蛉をつなぐ』はその中でも異色作になりそう。初監督作『その夜の侍』が公開を控える赤堀雅秋の脚本を演出するのは奇才・河原雅彦。河原×赤堀とあればやばそうな感じが漂ってくる。既にタイトルが意味不明。いったいどんなことを企んでいるのか、河原に聞いた。

撮影/吉田将史  文/木俣冬

プロフィール 河原雅彦(かわはら・まさひこ)


1969年福井県生まれ。演出家。脚本家。俳優。ハイレグ・ジーザスという演劇集団で過激なパフォーマンスを行い人気を博す。解散後は、プロデュース公演の演出を多く手掛ける。主な演出作に『テキサスーTEXAS—』『その妹』『ぼっちゃま』『時計じかけのオレンジ』『真心一座 身も心も』、プロペラ犬『マイルドにしぬ』など。『ピカ☆ンチ』など映画の脚本なども手掛ける。

――タイトルだけ見ると面白いお話かと思ったら、脚本を読むとなかなかヘヴィーで。赤堀雅秋さんらしいというか。

「最初は、若い男の子や可愛い女の子達による青春群像劇を考えていたんですけどね。若者達が悶々とした事情を抱え、でも明日に向かって一歩踏み出すみたいなものを。でも赤堀君にはそういう作品は向いてなかったらしくなかなかホンがあがってこなくて(笑)。結局、彼が今、一番面白いと思うものと立ち返ることで、やっと赤堀君らしい、すごくひりひりジリジリくるような(笑)ホンがあがってきました。僕自身も凄く面白いと思っています。正直、演出家としては稽古開始2日前までホンがないのはつらいですが、ま、でも赤堀くんの筆がノッてることが一番嬉しいですから」


――懐が大きいですね。

「元々、僕が赤堀君の新作をやりたいと言い出したもので、文句言えませんよ(笑)」


――この企画は河原さんの演出ありきだったのですね。

「若いキャストをいっぱい使って何か演劇をやりませんか? と企画を持ちかけられた時、じゃあ、彼らのようにキラキラしている人達から最も遠い題材がいいなと思ったんです。そしたらもう、赤堀君の他には考えられなかった」


――もともと青春キラキラものはやりたくなかったと。

「そういうものはいつでも彼らはやれるでしょう。もっとも、キラキラしたいのにくすんでいるっていう話は、俳優がキラキラしていたほうがより生きるんですよ。今の自分達の置かれた状況と違うものをやったほうが、チャレンジになるし、やる意味はあると思うんですよね」


――河原さん、すっかり若い人を育てる立ち場になられましたね。

「やめてください(笑)! 僕は育てることより人が苦しんでいる様を見ることが好きなんですよ。僕の前でキラキラされたらすかさず『やめてくれ』って言いますよ」


――今回はキラキラ演技禁止?

「ホンが稽古中に徐々に上がってくるので、それを彼らが読んだ時の空気の重さでキラキラが消されていますね。いいことだと思います」


――どんなお話か少しだけ教えてください。

「舞台は北関東あたりのどこか。毎日同じ人と顔合わせて、同じ店に通って、という閉鎖された街で起こる連続殺人事件の話です。出て来る人達はみんな何かしら病んでいます。どのシーンも秀逸ですよ。追いつめられてそうせざるを得なくなる状況がよく書けている。追いつめられているにも関わらず、登場人物たちはずっと不毛な話をしていたりするでしょう。そこが生々しいし痛々しいですよね」


――ミステリーですか?

「いや、あんまりミステリーな感じではないんですよね。赤堀君のホンの面白さはストーリー構成の妙よりも、そこに存在する人間のあり様の魅力なんですよね。赤堀君ってなんか人間の下衆な性根を書くんですよ。下衆って誰だってもっているもので、そこが面白い。なにしろ誰だって下衆でしょう?」


――え。そうですか。

「下衆じゃない人間なんて知らないよ(笑)」


――はあ。

「例えば、この芝居の中で、母親が死んで保険がはいるというエピソードがあります。亡くなって悲しいけど、残された子供に3000万円の保険が手に入ったら、ちょっとフワッと舞い上がってしまうなんてリアルに下衆な話ですよ(笑)。そういうところを執拗に書いてくる作家なの、赤堀君は。かといって、赤堀君の描く人物たちはイヤなやつばかりかというと、そうでもないんですよ。世の中って、何もかもいい人なんていないし、逆に何もかも悪い人もいない。一見悪い人に見えても、やっぱりちゃんとセンチメンタリズムをもっているし、どんなにいい人でも下衆な部分をもっている。それが人間かなと思います」


――そういうところを表現する演技は難しそうですね。

「そうなんです。不毛な会話の中にも、ただ不毛なんじゃなくて、それをする意味がにじまないといけない。不毛な会話の中に、その人達が心の奥に抱えているものがこぼれるようでないと。その空気感を出すのが難しいですよ」


――河原演出の腕の見せどころでもありますね。

「いや、みんなで責任を分け合いますよ(笑)。例えば、セリフって捨てていいところがいっぱいあるんですよ。そもそも日常会話がそうじゃないですか。捨てる言葉があるから生きる言葉がある。赤堀君はそういうセリフを書いているから。そのセリフの裏の部分を感じさせるために役者は演劇的な視点が必要になります。登場人物がどうでもいい話を延々していたら、なぜ話を終らせないのか、言葉にならない、その意味を読み取らないといけないんですよね。なんでもなく無意味なセリフとして解釈してはダメなんです。無意味なセリフを自覚的に話していることをわかった上で演じないといけないから気が抜けない。罠だらけのホンですね」


――そんな深いものをやれるとは、若い俳優さんは幸せですよね。では、その若い俳優達の特性や今回課していることを教えてください。

「え。稽古はじまったばかりだからなあ。……まあ、ちょっとやってみますか」


――ありがとうございます。よろしくお願いします。

「今回、凄くよかったことは実際に脚本を読んでから配役を決めることが出来たことです。当初、予定していたプロットから脚本がガラッと変わってしまったことで、一回目のホン読みで全員に色々な役のセリフを読んでもらってから決めることが出来ました。ではまず、植原卓也君。彼は見たところとてもキラキラしているでしょう。だから、一番キラキラ出来ないものをやってもらうことにしました。職場や家族など色々なものに挟まれてキラキラ出来ない役です。今まで彼は舞台の中心になって物事を起こすことが多かったんじゃないかな。それを今回はまわりに振り回される役をやってもらおうと思います。橋本淳君は凄く勘もいいし、芝居が巧い。だからこそ、もっと巧くなりたい、もっと色んなことに挑戦したいと、気持ちが先へ先へと行っている印象があるんです。だから今回は、主軸として延々もがき苦しむ役どころをやってもらいます。平田裕一郎君は、エイベックスに所属しているんですよ。だから、朝な夕なにシャンペン飲んでる感があるというか(笑)。そういう人が赤堀君の描く表層的な役どころを演じるとハマるんじゃないかと期待しています。ま、平田くん自体は顔に似合わず、ハートが熱い九州男児なんですけどね(笑)。柳澤貴彦君は、一番いじられるタイプなんですけど、演技に関しては小回りが利くし器用だし、一見、そつがない。ただ、若いうちにそこでまとまってしまうのはもったいないので、稽古中僕は、彼のこじんまり感を笑っていきたいなと思っています。小器用さだけでは真の俳優にはなれませんから。(笑)」


――まだ稽古はじまったばかりといいながら、凄い洞察力。しかも面白く話てくださりながら、若い俳優への思いやりもあって。

「稽古中はもちろんですけど、稽古の後、飲みに行ってリサーチしているんです(笑)。演出家って現場で人と出会うことが仕事だから。一人ひとり個性が違うから、この人にはAの言い方、Bの言い方にしていかないと伝わらないし。人を見て伝え方を見極めないといけないんです。続いて……板橋駿谷君もいいですよ。空手やっていたそうです、高校の時に。俳優でガチ体育会系ってあまりいないから、貴重です。演じても、リアルな男気の空気ってなかなか出せるものじゃないですからね。そういう意味でオリジナリティーのある存在。キャラをもっています。でも素直にそのキャラだけでいけるようには今回させないんですけど(笑)」


――さて、女子おふたりはいかがですか?

「田島ゆみかさんは、まだ23歳なのにしっかりしていて頭がいい。子役からやっていたから、芝居もしっかりしています。場数もたくさん踏んでいるにも関わらず現状に満足しないで、小劇場の芝居をいっぱい観て勉強している。だから、これまでになく役を掘り下げる作業を期待したい。瀧内公美さんは、一見クールビューティーですけれど、脳みそがフルーチェみたい(笑)。意外性がある。なんか揺らぎがあるというか。その危うさが魅力的ですね。次に何が出て来るかわからないところがいい。場数を踏むとそれが薄らいでいくものですが、いつまでも残してほしいと思います」


――最後に河原さんが今回、トライしたいことをお聞かせください。

「トライしたいこと? う~~ん……だってチラシに写っている警官ってプロデューサーの佐々木ですよ」


――え!

「そんなバッタバタでやっている作品だからなあ(笑)。(ここでプロデューサーが“赤堀さんのつもりで演じてみたんですが(笑)”と話しかける) ハハハ。それはともかく、でもね、けっこうこのホンは手強いですよ」


――それは燃えるじゃないですか。

「燃えますね。赤堀君がこれまで彼の劇団THE SHAMPOO HATでやってきた劇場はスズナリやトラム。でも今回はグッと広くなって本多劇場。なんで本多なのに、得意な小さい劇場向きのホン書いているんだ!?っていう(笑)。本多劇場で、劇団員がひとりも参加してなくて、赤堀君の新作をやることは、けっこうハードル高いですよ。でも、赤堀くんのこのジリジリヒリヒリした世界観をどう客席に伝えるかはとてもやりがいのあるトライだと思います」


――小さい劇場から中劇場、大劇場へといくと最初は皆さん苦戦しますよね。

「小さい劇場だと、話はともかく俳優のぐにゃっとした圧みたいなものが伝わりやすいし武器になるけど、大きな劇場でやると、その圧は薄まって、逃げ場がないほど作品全体がさらされることになる。それぞれのよさがあるけれど、今回は、本多劇場で病んでる世界観がどれだけ客席を侵食できるように作れるかが鍵ですね。駅前劇場だったら絶対大丈夫だけど。……無理かもしれない(笑)」


――河原さん、あの大きいACTシアターもやっているから(舞台『時計じかけのオレンジ』)大丈夫でしょう。

「あれはバッチリでしたね。でもこの間、パルコ劇場で『テキサスーTEXAS?』やって、あれも初演は駅前劇場だったから、なにかと苦労したんですよ。でも、面白いトライだと思いますね」


――任せて安心だから、河原さん。

「どうしたんですか? そんな持ち上げるような」


――ハイレグジーザスを率いていたころは、やんちゃなイメージで。それはもちろんそれはクレバーに考えた上でやっていらした訳ですが、近年、幅広い作品を手掛け、どれもきちんと見せてくださるので。

「いや、ねえ……、そういう僕に『大丈夫なの?』とチクリと言ってくれるのが、大倉孝二君と赤堀君なんですよ。このふたりは僕の数少ない友達なんです」


――河原さんは友達が少なかったんですか? 意外ですね。

「僕、大勢での打ち上げとか苦手なんですよ。だから途中で抜けてしまう。そういう時、たまに大倉君や赤堀君と飲むんです。そして3人で世の中に悪態をつく(笑)。それはもう、ここでは書けないようなひどい悪態を。深い闇を抱えたふたりに比べたら僕は若干会話のバランスをとっているほうですが。あのふたりはひどいです(笑)。僕の家に来て、いきなり『演劇人なのにラグ敷くな』とか文句を言うし」


――ハハハハハ。

「僕はガーデニングが好きなんですが……」


――ええ? それも意外です。

「赤堀君と大倉君は、うちの緑に、死ぬ程たくさんの水を与えたりするんです。彼らは人がいやがることを面白くやる。でも、そういうふうにニヤニヤしながら、『どうなの、河原さんの生き方って?』って投げかけてくれる。僕は『うるせえんだよッ』と反発しながら、やっぱり、変に落ち着いちゃいけないなと思う訳ですよ。ま、ラグを敷くのもガーデニングやるのも、別に落ち着いたからやってるわけじゃ全然ないんですけどね。完全にただのいいがかりですよ(笑)」


『阿呆の鼻毛で蜻蛉をつなぐ』

演出:河原雅彦
脚本:赤堀雅秋
出演:植原卓也 橋本 淳 平田裕一郎 柳澤貴彦 板橋駿谷 田島ゆみか 瀧内公美/加藤 啓 駒木根隆介 吉本菜穂子 /市川しんぺー / 伊藤正之
2012年9月21日~30日
下北沢本多劇場にて、2012年9月21日~30日公演
http://www.pragmax.co.jp/ahounohanage/index.html







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